2016(平成28)年11月12日(土)、横浜西口のホテルキャメロットジャパンにて、高38期卒業30周年同窓会が開催された。 「出会ってから10周年 今何やってんのパーティ!」から始まり、「出会ってから20周年」「40歳記念スペシャル」「入学30周年」と回を重ねた同窓会。前回が終わって散会するときには「次は卒業30周年だぞ!」と口々に言い合って別れたのだった。 そして、その日がやってきた。
単純な私は、昨年末から、同窓会は当然執り行われるものと思って年賀状からそんなことを書いていた。 しかし、考えてみれば、皆48才か49才である。親も大分老いてきている。仕事も忙しい。子どもも大変な時期を迎えている家庭もある。3年前にやったばかりの大同窓会をこの時期にやる意味があるのか...50の節目でと言う考えもあるのではないか...色々な思いが交錯した。やっぱりやめようかと思った瞬間もあった。
しかし、仲間に背中を押されて実行に踏み切った。 やると決まったら、あっという間に幹事会が組織され、会議室が予約され、幹事が招集され、私が何もしないうちに物事が一気に動き出した。幹事会のメンバーは実に27名を数え、幹事会には常時20名以上が集まっていた。会議室から居酒屋に移動すれば大宴会である。仕事も早いし何事につけとことんやる。 そんな熱い仲間のおかげで、当日は同期生166名、恩師6名の参加を得、172名という大パーティとなった。 各クラスの紹介と歓談にほとんどの時間を割き、大いに飲み大いに語り合った2時間半だった。当日、30年ぶりに会ったクラスメイトもいた。しかし、30年のギャップは全く感じなかった。名前を呼んだ瞬間30年前にタイムスリップする。毎日横高に通ったあの頃と同じ。昨日話していた友達と今日また話しているあの感覚と何も変わらない。そんなことを感じたのは私だけではないだろう。
こんな仲間を作って下さった先生方にはどんなに感謝しても仕切れない。どんなに言葉を尽くしても言い尽くせない程の思いがある。 そんな先生方には、皆でメッセージをカードにしたため、当日の集合写真などと共にフォトアルバムに納めたり、予め写メを集めてフォトブックを作ったりしてクラス毎に工夫を凝らして思いを届けさせて頂いた。 先生方、本当にありがとうございました。いつまでもお元気でいて下さい。また38期の集まりにご招待させて頂きます。
また、朋友会事務局の皆様、お力添えありがとうございました。幹事一同を代表して心より御礼申し上げます。 高38期卒業30周年同窓会幹事長 10組 中野大吾
単純な私は、昨年末から、同窓会は当然執り行われるものと思って年賀状からそんなことを書いていた。 しかし、考えてみれば、皆48才か49才である。親も大分老いてきている。仕事も忙しい。子どもも大変な時期を迎えている家庭もある。3年前にやったばかりの大同窓会をこの時期にやる意味があるのか...50の節目でと言う考えもあるのではないか...色々な思いが交錯した。やっぱりやめようかと思った瞬間もあった。
しかし、仲間に背中を押されて実行に踏み切った。 やると決まったら、あっという間に幹事会が組織され、会議室が予約され、幹事が招集され、私が何もしないうちに物事が一気に動き出した。幹事会のメンバーは実に27名を数え、幹事会には常時20名以上が集まっていた。会議室から居酒屋に移動すれば大宴会である。仕事も早いし何事につけとことんやる。 そんな熱い仲間のおかげで、当日は同期生166名、恩師6名の参加を得、172名という大パーティとなった。 各クラスの紹介と歓談にほとんどの時間を割き、大いに飲み大いに語り合った2時間半だった。当日、30年ぶりに会ったクラスメイトもいた。しかし、30年のギャップは全く感じなかった。名前を呼んだ瞬間30年前にタイムスリップする。毎日横高に通ったあの頃と同じ。昨日話していた友達と今日また話しているあの感覚と何も変わらない。そんなことを感じたのは私だけではないだろう。
こんな仲間を作って下さった先生方にはどんなに感謝しても仕切れない。どんなに言葉を尽くしても言い尽くせない程の思いがある。 そんな先生方には、皆でメッセージをカードにしたため、当日の集合写真などと共にフォトアルバムに納めたり、予め写メを集めてフォトブックを作ったりしてクラス毎に工夫を凝らして思いを届けさせて頂いた。 先生方、本当にありがとうございました。いつまでもお元気でいて下さい。また38期の集まりにご招待させて頂きます。
また、朋友会事務局の皆様、お力添えありがとうございました。幹事一同を代表して心より御礼申し上げます。 高38期卒業30周年同窓会幹事長 10組 中野大吾
(文責 中野 大吾)